パチンコ屋店員が600万借金しておにぎり屋になった理由
「今日はこれでガマンしてね」
22年間、パチンコ店で働いていた。
全国転勤を2年で繰り返す
パチンコ屋で、クレームばっかり
言われるお仕事だった。
家族を連れて、引越しを繰り返した。
20代の頃、
子どもたちがまだ小さくて、
家計が本当に苦しかった。
貧乏❗️
スーパーで半額の惣菜を探し、
菓子パン一つで夕飯を済ませる日もあった。
「もっと食べたい!」
子どもにそう言われるたびに、
ぼくはこう答えるしかなかった。
「今日はこれでガマンしてね」
その言葉は、20年以上経った今でも、
胸の奥に残っている
親として、一番情けない言葉だったから
あの頃のぼくと、同じ子どもたちがいる
パチンコ店を辞めた後、
両親の介護が必要になった。
それがきっかけで、
介護士になった。現場で1年間、働いた。
その頃から、気になるようになった。
給食でおかわりをする子が増えている。
でも家ではおかわりをしない。
お母さんは子どもに食べさせて、
自分は菓子パン一つで済ませている。
物価は上がり続けている。
お腹いっぱい食べられない子どもが、
今この瞬間も増えている。
あの頃のぼくと、同じだ。
「今日はこれでガマンしてね」
と言うしかなかった、あの夜と、同じだ。
だから、600万借金をして
おにぎりを握ることにした
キッチンカーを始めた理由は、これだけだ。
お腹いっぱい食べられない子どもたちに、
おにぎりを届けたい。恩返しがしたい!
お米は「女神のほほえみ」を選んだ。
転勤して、本気で惚れたお米なんです
その場に炊いて、その場で握る。
炊き立ての湯気が立ち上るたびに、
駐車場がちょっとだけあたたかな場所に変わる。
2026年、ぼくには約束がある。
「今年中に、5,000個のおにぎりを子どもたちに届ける」
今日時点で、累計2400個を超えた。
まだ道のりは長い。でも、確実に進んでいる。
この物語の続きを、みんなに見ていてほしい
「おにぎりでえがお」
5,000個、ちゃんと届くのか?
キッチンカーはどこへ行くのか
あの子たちは、笑顔になれたか
毎日、今を本気で、生きています

